Archive for the ‘書籍’ Category

人生パンク道場 / 町田康

金曜日, 4月 26th, 2019


考えを伝える間もなく・・・?




「人間は忘れるようにできています。だからといって忘れるままにしておいてよいという訳ではなく、悲しみは悲しみとして大事にする。そのことが寂しい思いを抱えて死んでいったものに対して私たちが取り得るもっとも誠実な態度ではないでしょうか。そうしたっていずれは忘れてしまうのですから。
 そしていずれは私たちもこの世からいなくなります。そして忘れられていくのです。だったら生きている間だけでもそいつのことを何度でも思い出してやりたい。私はそう思うのです。」

ぼくもそう思う。

鳥肌が / 穂村弘

日曜日, 10月 22nd, 2017


・ぼ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・ぼ・・・
・・・・ぼ・・・・・・・


良いことだろうが悪いことだろうが、他人という存在の扉を叩く行為は本質的には常におそろしい。何故なら、他人とは、自分とは異なる命の塊だから。そこには眩しいほどの未知性が詰まっている。それこそが恐怖の源であり、同時に喜びの源でもあるのだろう。

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった / 川崎徹

日曜日, 10月 22nd, 2017

思い出すこと以外、できなくなる。

思い出されること以外・・・

「先生、よく聞こえませんでした。もう一度言ってください」
「ぼくがここで死んでいた間、君はずっと生きていた」
平山は頭のなかで英文を綴った。
わたしはずっと生きていた、先生がそこで死んでいた間。

もう生まれたくない / 長嶋有

日曜日, 10月 22nd, 2017



先生とは「先」に「生」きた人と書く。先に生きた人たちに、シルビア・クリステルという女優がどんな風に思われていたかは後に生きる素成夫には絶対に分からない。それなのに彼女の映像だけは残っているから、先に生きなかった者も簡単に検索をかけたりして、みることが出来てしまう。そして必ず実感できることもある。「亡くなって残念」なんて言葉は書かないし書けない。「実感した」ことだけを素成夫は書いて送信する。
[とても綺麗な人でしたよ]書かなければいけないレポートを前に、そんなことをして「ウダウダ」する、それもまた先に生きた人と共感しあえる普遍的な事柄かもしれないと思いながら。

先に生きた人たちと、先に死んだ人たち。
生きている側にいるから後も先もなく共感できる。

この世のメドレー / 町田康

月曜日, 8月 21st, 2017


この世が次から次に、言葉となって流れだす。。。

この余が?



「先生。もっと自信を回復してください。先生は人間からすればゴミクズですがミミズやミジンコからすれば神様のような存在です」
 と、言う袂君の顔を見た。今期新しく群れのボスに就任した猿のような顔をしていた。

酩酊!怪獣酒場 / 青木U平

月曜日, 5月 2nd, 2016

コマ割りが非常にうまい

二日酔いのダダさん
歩く違和感ケムールさん
クズな人間・・・

こんなめちゃくちゃな設定なのに、意外と人情話になってたりしてあなどれない。
笑いのキレも素晴らしい。
こんな酒場で飲みたいですねぇ[E:beer]

よしふみとからあげ / 関口かんこ

月曜日, 5月 2nd, 2016


からあげ 「ウーパールーパーのポーーーズ!!」
よしふみ 「・・・それは どこに効くんだ?」
からあげ 「自尊心」


からあげ 200g

佐渡の三人 / 長嶋有

火曜日, 4月 26th, 2016

「死んだらいなくなるというのは、そういうことなんだな。死ぬというのは身体的なことや観念的なことだけでない。」

「鶏を食べてなくなるとき「なくなる」のはその体だけではない。鶏を運ぶという「作業」もなくなる。(・・・)字数の足りない戒名をつけちゃった人が「いなくなれば」、それはなくなる。」

なくなるのを見ることが出来るのは、

「 我々は。我々は生きているのだなあと不意に実感した。「人が死ぬってそういうことだ」の反転で、生きている者たちの――ついさっきの――ふるまいを思い出す。
(・・・)
 そのことは祖母やおじいちゃんの意思を軽んじたとはなぜかまるで感じなかった。意志があるとき、それは尊重された。意志がなくなったんだ。」

我々が尊重しているのは、いつかはなくなってしまう同類の意志である。そしてまた自分も。

健康半分 / 赤瀬川原平

水曜日, 4月 6th, 2016

「 人には好きなものと嫌いなものとがあるが、その「好き」の方が先に出る人と「嫌い」の方が先に出る人といるのではないか。
 (・・・)
 人生が押し迫るとは年齢のことだけでなく、病気などで活動範囲の縮小する場合もある。世界の縮小ということは、逆に自分に自分がクローズアップされてくることで、そうすると「嫌い」という性分があまり役に立たなくなってくるような気がする。だからギアチェンジできるものなら「好き」の方に切り換えて、そうするとずいぶんと楽になるように思う。」

レタス2個分のステキ / 田中光

土曜日, 1月 30th, 2016


馬鹿馬鹿しさ全開w

にょにょにょっ記 / 穂村弘

土曜日, 11月 14th, 2015


4月18日 眼鏡
顔をなでる。
顔をなでる。
顔をなでる。。。

ネッコロCOMIC / 中川いさみ

土曜日, 11月 14th, 2015


テキトーすぎて
すばらしい

動物記 / 高橋源一郎

水曜日, 11月 11th, 2015


動物が動物を記す

「犬に言葉などいらなかったのです。キャンキャン吠えていれば、それで幸せだったのです。言葉など知るのではなかった。言葉は・・・言葉は・・・不正確です」

動物が動物に向けて記す

「 ある日、わたしは突然気づいたのです。これはどれも「巧妙に書かれた暗号」なのではないか、と。だって、そうでしょう。ことばというものは、そもそも、「あらゆる者たち」に向かってではなく、特定の「誰か」に向かって書かれたものです。時には、その「誰か」との通信は、他の「誰か」にとって迷惑なものなのかもしれない。だとするなら、そんなに簡単に見つかるように書かれているはずがない。そうなのです。これはわたしが、あなたたちに向かっていっていたことでした。まず、文章を、あるいは、ことばを眺めてみるべきなのです。なにも考えずに。もしそれが、あなたたちに向かって書かれているのでなければ、あなたたちはなにも感じないでしょう。けれども、もし、あなたたちに書かれているものだとしたら、やがて、そのほんとうの意味が浮かびあがってくるはずなのだ、と。」

わたしが、動物に向けて、わたしのことを記し、動物が、わたしのことを知るし、わたしに向けて、動物を記す?

「 わたしの希望は、意識がとぎれる前に、一匹の動物が、なにか獣のような生きものが現れることだ。
 その生きものが、わたしを見つめている。なにも映ってはいない、なにを考えているのかわからない、真っ黒な瞳で。それでいい。その生きものが、なにを考え、なにを感じているのか、わからないことは明白なのだから。
 それは、わたしが動物たちを見ていた視線でもあるだろう。わたしが意識を失う前に、その生きものは立ち去るかもしれない。だとすると、わたしは、少しだけ寂しいと感じるかもしれない。けれど、最期を見届けてくれた、その生きものに感謝したいと思うだろう。もちろん、意識が残っていればだが。」

なずな / 堀江敏幸

金曜日, 8月 28th, 2015


なずなは中心であり、
なずなは、世界の外にいる。


「汚れたものをきれいにするか、きれいなものを上手に汚すかは見方次第であって、やっていることに変わりはないだろう。しかし、そういう視点を持ちうるかどうかで人生のなにかが決定的にちがってしまうような気もするのだった。まっさらで汚れるしかないものに対しては、たしかに悪い汚れよりもよい汚れをつけてやったほうがいい。」

「この子が、ここにいるとき、ほかのどんな子も、かさなって、いることは、できない。そしてそれは、ほかの子を排除するのではなく、同時にすべての「この子」を受け入れることでもある。マメのような赤ん坊がミルクを飲み、ご飯を食べてどんどん成長し、小さなゾウのようになっていく。そのとき、それをいとおしく思う自分さえ消えて、世界は世界だけで、たくさんのなずなを抱えたまま大きくなっていくのではないか。」

道化師の蝶 / 円城塔

日曜日, 3月 8th, 2015


言葉の呪縛にとらわれた人たちのための。
言葉の呪縛にとらわれていないかもしれない人たちのための。。


「同じさ加減は、固さの程度なのだと考えていた。柔らかさの程度なのではと今は感じる。固さという性質は存在していないのではと何故だか思う。本来はただ動きだけがそこにあり、たまたま同期している現象を固さと見なすだけなのではと。自転車のスポークを眺めるうちに、ふと車輪が停止して見えたりするように。」(道化師の蝶)

運動している生きている言葉(言葉(言葉(言葉?)))が停止して見える同じに見える手品のような現象の裏で見えなくなったスポークは絶えず回転を続けています。

「わたしは、わたしの望みを、君がわたしに代わって理解してくれるだろうと期待している。」(松ノ枝の記)