モーダルな事象 / 奥泉光

半島
ミステリー形式でなかなか面白く読める。

「方々から頭が浮かび上がって、シンクロナイズドスイミングの選手たちのように一斉に動き出すから慌てた。見ると頭の一つは太宰のだ。隣のもじゃもじゃ頭は芥川。丸眼鏡のフランキー堺は花袋。あっちは独歩。こっちは紅葉。その他ぞろぞろ出て来て、やがて沼は有名無名取り混ぜた近代文学者の頭で一杯になる。泳ぐ日本近代文学者総覧だ。崩れかかり骸骨になりかかった頭たちがこちらを向いて、歯列の剥き出しになった口をぱくぱくさせるのは、何か訴えようとするものらしいが、声帯が失われているせいか声にならない。」

桑幸の若干ふざけて情けない感じが良い。

「そのとき桑幸は自分が何者であるか、少しだけ理解出来た気がした。つまり俺は、死の国に、死者として生まれた者である。であるにもかかわらず、俺は生きているのだ。俺は生きた死人であって、蚯蚓(ミミズ)の蠢動と変わらぬ活動しかなしえぬにしても、俺がとりあえず生きているのは間違いないのだ。いずれ世界が死に覆い尽くされるのだとしても、生きている以上、俺は蠢かないわけにはいかない。見苦しく動き回らないわけにはいかない。宇宙の音楽が完全無欠の和声を奏でるのであるなら、泥ナマズの俺は一個の騒音に他ならない。そうだ、宇宙のちっぽけな騒音として俺はあるのだ。」

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